交流型産業とは

掛川の個性ある資源を交流型へ

掛川市の観光の歴史はまだまだ浅く、1993年に掛川城天守閣が本格木造復元されてからようやく始動した、というのが実状です。2006年のNHK大河ドラマ「功名が辻」の放映時にも、訪れた人たちに掛川市の真の魅力を伝えきれたとはいえません。観光が本格的に産業化されていないこと、地域一丸となった動きができなかったこと、私たちは反省すべきことをたくさん実感しました。
自然発生的な観光政策と、ビジョン不在のままの短期的施策のつなぎ合わせには限界があります。観光が産業として捉えられるよう、今、その具体策が望まれています。

生涯学習都市宣言

生涯学習都市宣言


掛川における交流型産業の可能性

日本のほぼ中央に位置する掛川市は、首都、関西、中京の各経済圏にアクセスしやすく、広域交通の要衝として、また交流の拠点として、非常にポテンシャルの高い地域といえます。さらに、国際港として整備の進む御前崎港、2009年には富士山静岡空港が開港、2012年度には新東名高速道路の開通、森・掛川ICが設置されるなど、“クイックアクセス”が容易な地として、大きな可能性を秘めています。
私たちは、このポテンシャルの高い好立地を卵に見立て、“掛川ビッグエッグ”と名付けました。アクセスポイントを多く持つ卵全体の中で、黄身の部分は掛川市の中心エリアです。「交流」という生活者の視点を持ち込み、楽しく、長く滞在できる仕組みをつくることで、「クイックアクセス&スローステイ」の可能性が広がってきます。

掛川ビッグエッグ

交流の視点で捉え直すと、地域の可能性が見えてくる

掛川市は、全国に先駆けて「生涯学習都市宣言」をしたまちです。三十三種類、百本の木々が植えられた駅前広場は、大都市を真似るのではなく、地方都市の特性を活かしたまちづくりへの姿勢が現れています。2002年には、生涯学習運動の帰結として「スローライフシティー宣言」を行い、ものと心を大切に急がない社会の価値を行政と市民が共有しました。また、この地には二宮尊徳の「報徳」の教えを広めるための「大日本報徳社」の本社があります。経済と道徳の調和を説いた尊徳の教えは、「至誠・勤労・分度・推譲」の精神として掛川市民の中に根付いています。
さらに、500年の伝統を持つ掛川祭、横須賀祭があります。イベントではなく“神ありき”の祭りが、今もなお地域コミュニティに影響力を持ち、良い意味での規律を保持しています。
このように、掛川市には「ここにしかない」地域性と市民精神が存在します。まちの気質や精神文化やライフスタイルという新たな価値創造を交流の接点に取り入れることで、物見遊山型でも、風光明媚を巡るだけの観光ではない、このまちの風土やアイデンティティを感じることのできる、新次元での交流型滞在が可能になるのです。

三十三種類、百本の木々が植えられた駅前広場

三十三種類、百本の木々が植えられた駅前広場

駅前広場にある二宮金次郎像

駅前広場にある二宮金次郎像

ページの先頭へ移動